こんにちは。広島県福山市にあるカウンセリングサロンdroppleの森下です。
先日韓国に旅行に行ってきました。
地下鉄を利用して目的地まで向かう時、ふと、「私って本来こうやって直感的に、視覚的に把握して理解していたな」と思うことがありました。大きな駅のお店や出口の位置関係、乗り帰る時のルートを記憶する、メモに残すというよりも、見て動いて記憶して理解していたんです。直感的・感覚的というのは心理学について学んでからしばらく”悪いもの”とジャッジしていましたが、「そっかこれが本来の私か」と思ったんです。一緒に行ったのが真逆の、メモでとって反芻して記憶するみたいな人だったので、より感覚的になってもいいと自分でも思えてたのかもしれませんが、この旅行からバランスの大切さに改めて気づけました。この旅行では、どちらが欠けてもダメだったと本当に思います。
直感的・感覚的であることと、現実的・理論的であることはどちらが優れているとかはなく、どちらの要素も大事だと思いますが、過去の私は、直感的であることを否定して理論的であろうとしていたこと、ただそれが私のスタイルではないために、窮屈になっていたような気がします。開業してから、スピリチュアルについて学んだり、実践していく中で、感覚的・直感的なことにオープンでいることは大事だと思っていましたが、その感覚は私にとっては当たり前にあるものなんだなと思いました。どちらか一方である必要はなく、バランスをとることが私にとって大事で、自分らしくあってもいいと自分を認められること、どちらか一方でなければという考えを手放すことでもっと楽に生きられると思いました。
帰ってきてから改めて、この場所でいろんな話をうかがえること、その人がもっといまより幸せになるために一緒に考えている時間が私にとって楽しく充実している時間だなと実感した瞬間があって、「仕事=しんどい」のような私の中にあった固定化していた概念が「仕事=幸せ」のように変わっていくような気がしています。こんな風に、やることも、その態度も変わらないけど、そこに向き合う土台の価値観が変わるだけで、気持ちがずいぶん違うことも実感しています。
無理だ、行けるわけないと誘われたときに断った旅行ですが、行くと決めたらとんとん拍子でした。神様のサポートと解釈するのは都合がいいかもしれませんが、本当にそう思える旅行でした。
