こんにちは。広島県福山市神辺町にあるカウンセリングサロンdroppleの森下です。
境界性パーソナリティー障害という心の病気があります。
境界性パーソナリティー障害というのは、感情の不安定さや、強い見捨てられ不安を抱えているがゆえに、人間関係や仕事、家庭など様々な領域で生活に支障が出てしまうという症状があります。根底にある自己価値の低さや人に対する信頼したい気持ちと不信感、孤独感や絶望感などが日々のいろんな出来事の解釈や体験の整理をネガティブにゆがめやすくなってしまい、時に自分にも他人にも激しく攻撃性を向けてしまうという症状もあります。
幼少期の養育環境をはじめとした環境でのつらい体験などがこの心の病気に関係しています。養育者の言葉や態度によっておびえたり傷ついたりしながらも「よい子」であり続けるうちに、素直な感情や要求などを自分の中で抑え込んでしまっていること、やさしさや愛情に対する不信感とそれらを強く求める気持ちの間で揺れ動いたり、抑えられない怒りや悲しみを自分を責めたり…。
子どもという存在は家庭で適応していかないと生きていけません。生きていくために必要なスキルを身につけていった結果、大人になってそのスキルに苦しめられたりしているなんて、なんて理不尽なんだと、カウンセリングを担当したときに行き場のない感情や絶望や無力感を感じたことを覚えています。
CBTの領域には「弁証法的行動療法」という治療法があります。激しい感情の起伏や自傷行為、衝動的な行動についての問題を抱える方の心理療法です。本が出ているんですが、日本語訳の本は10センチはあるんじゃないかというくらいの分厚さがあり、読むにも気合がいる本です。冒頭の患者の前提条件という部分に感動した記憶があります。
「患者は、その時点で自分にできる最善を尽くしている」
「患者は”変わりたい”と願っている」
「患者は行動を改善し、もっと努力し、変わる動機を持つ必要がある」
「患者は、その原因が自分になかったとしても、自分の問題を解決しなくてはならない」
「患者は治療において失敗することはない」
などです。クライエントはどんな理不尽で不条理な環境に置かれていたとしても、自分の今抱えている困難や問題は自分で解決しなければならないということには、理不尽さも感じますが本当にそうだし、患者さんはみなさんはなんとかしたいと思っておられました。もがいている今はその人にとっての最善であることや、変わる方法を学ぶ必要があることなどの前提条件をわざわざ書き記している著者の暖かさと力強さ、著者自身も自傷行為などの行動の問題を抱えていた方であったために、言葉や治療内容の細やかさなどに圧倒されたことを覚えています。
不安定な感情に振り回されすぎていて、疲弊し自分にも家族にもつらくあったってしまう方がいたら、病院受診も考えてみてほしいです。病院での治療や薬物療法のため、病院という場所の特性上、何かの診断を受けることはあると思いますが、穏やかな毎日を送るための一歩にもなると思っています。
薬は根本的な解決にはなりませんが、自分のことをどうにかしようとする一歩。薬で感情をコントロールすることはできませんが、しっかりと眠れるようになること、気分が安定しやすくなる状態を作ることによって、自分の問題をどうにかしていこうという次の一歩が踏み出しやすくなると思っています。
自分なりの最善を尽くしても、辛い沼から抜け出せないときは、病院を含めて専門家の元へ行ってみてほしいです。もちろん、ここで自分自身に向き合ってみたいという方がおられたら、ぜひご利用ください。
